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青山校長にお話を伺いました

(インタビュアー:副会長 新井貴之)

インタビュアー:
20年以上前に香港日本人学校大埔校に3年間赴任されていたとのことですが、どのような日々でしたでしょうか。

青山校長:
香港日本人学校大埔校は、日本人だけの学校ではなく、ジャパニーズセクションとイングリッシュセクションを併設していたため、非常に国際的な環境でした。電話が鳴ると何語でかかって来るのかドキドキしたものでした。広東語だったり、英語だったり… 受話器から日本語が聞こえると安堵しました。1年目は学級担任、2年目は英語イマージョン教育の図工、3年目は専任の教務主任となりました。教務主任は教員と管理職のパイプ役であり、毎朝、イングリッシュセクションの副校長と英語でミーティングを行うため、今思えばよくやっていたなと思うほど刺激的な日々でした。現在の教員室と同じく真ん中に自分の席があり、学校を動かすというのはこういうことかと分かりました。管理職を意識したのはまさにこの時で、管理職の基礎を学んだ3年間でした。思い出深い赴任生活で、今でも帰国する際に贈られた子供たちからのメッセージのアルバムは校長室に置いて見返しています。日本人学校の経験は少なからず附属大泉小で役に立つと考えています。


インタビュアー:
附属大泉小では臨海学校の遠泳がありますが、青山校長の水泳のご経験を伺えますでしょうか。

青山校長:
鹿児島で過ごした子供の頃から水泳をしており、大会にも出場していました。練馬区の公立小学校の教員時代は、小学校体育連盟で練馬区選抜チームを組んで優勝したこともありました。附属大泉小で初めてとなる富浦では、通常、校長は一緒に泳がずボートに乗ることが多いようですが、判定泳で最後尾について泳ぎました。最後は浜で脚立に乗らなければならないため、急いで泳いで浜に戻るようなこともありましたが、子供たちと一緒に泳ぐことで、息遣いが聞こえて嬉しかったです。私は6年生女子と6年生男子の引率責任者でしたが、副校長が担当した5年生男子と5年生女子も気になって仕方がなかったので、自家用車で富浦に駆けつけました。残念だったのは6年生男子の大遠泳がカムチャツカ半島の地震により当日の朝に中止になったこと。私も一緒に泳いで完泳証をもらう予定でした。体力的には完泳できる自信はあります。自宅のランニングマシンで朝30分走ることを日課にしており、帰宅後に30分走る日も多く、これがちょうどいいリラックスの時間になっています。最近は「孤独のグルメ」を見ながら走っています。大泉のグルメも紹介されていましたね。また、学校の休み時間にはジャージに着替えて子供たちと野球やサッカーを一緒にしています。どんな子供たちなのか知ることができ、有意義な時間を過ごしています。目標は全員の名前を覚えること。色々な時間を子供たちと共有したいと思っています。
※このインタビューの後、きくまつりでは実際にジャージに着替えて児童の中に入って行かれました。


インタビュアー:
おわかれ音楽会では6年生はオペレッタを上演しますが、ミュージカルはお好きでしょうか。また、楽器の演奏はなさいますか。

青山校長:
30代前半の頃に赴任していた石神井西小学校では、6年生は学芸会でミュージカルを上演していたのですが、音楽は子供たちよる生演奏、衣装と大道具も子供たちが作るという本格的なもの。私は演技指導を担当しましたが、劇団四季の「エルリックコスモスの239時間」(現「エルコスの祈り」)を子供たちと一緒に作り上げたこの経験は私の宝物の一つです。その時の子供たちとは今でも「青山会」という名で集まっていますが、必ずこの学芸会の話になります。コロナ禍や働き方改革により、全国的に教員の負担を減らす傾向にありますが、附属大泉小ではおわかれ音楽会の伝統を脈々と受け継いでいることが大変素晴らしいと思います。私が卒業した小学校ではブラスバンドが盛んで、運動会で行われる吹奏楽のパレードは花形で、憧れてトランペットを吹いていました。本番に向けて練習をして当日を迎える経験を通じて成長することができました。附属大泉小では1年を通じて多くの行事があります。おわかれ音楽会や臨海学校はもちろん、春から菊を心を込めて育て大輪を咲かせたり、みんなの前で司会をしたりするなど活動は多岐に渡りますが、「行事で子どもを育てる」とはこのような一つ一つの経験が大切なのだと思います。


インタビュアー:
附属大泉小では多くの教育実習生を受け入れており、卒業生にとっても大学生のお兄さん・お姉さんとの思い出の時間となっていますが、青山校長の教育実習生はどのようなものでしたでしょうか。

青山校長:
私の教育実習は附属世田谷小でした。担当教官の林四郎先生には大変お世話になりました。実習が終わると「今日は一日よく頑張りました。さあご飯に行くよ」とお店に連れて行っていただいたり、ご自宅に招かれて奥様の手料理を振る舞っていただいたり、愛情を込めて育ててくださいました。数年前に約40年ぶりに再会した際、「私、実は先生に教育実習でお世話になったんです」とご挨拶をしたところ「青山だろ、覚えているよ!」と言われ驚きました。附属大泉小の教員に聞いても、やはり自身が担当した実習生のことはよく覚えていると言います。それくらい担当教官と実習生の関係は特別なものなのですね。


インタビュアー:
最後に泉友会の会員に向けてコメントをお願いします。

青山校長:
同窓会が活発に開催され、小学校時代の友人が生涯に渡るつながりになっていることが大変素晴らしいです。いつでも「きくの園」に戻ってきていただければと思います。

香港日本人学校大埔校時代のアルバム